2010年8月26日木曜日

第十一回文学フリマ

申し込みしました。
 
なんとしても新作を書き上げたい所存です。

詳細は当選してからにします
(この段階でここに訪れる人も少ないでしょうし)

寂しいので前回展示のみだった小物を置いておきます

それでは




とある仔犬

 そろそろだ。いつもの足音と臭いを嗅ぎつけて、盛大に尻尾を振り始める。
「ポチっ!」
 そう呼ばれた仔犬は「キャンキャン」と鳴き、住み慣れた段ボール箱の縁に前足を掛ける。仔犬の目に映ったのは三人の人の子で、全員ランドセルをバタバタと鳴らしながらこちらに走ってくる。先頭の子どもだけ透明なビニール袋を手にしており、それを目にした仔犬は今まで以上の声量で「キャン」と鳴く。自然と尻尾を振る速度も速くなった。
 この仔犬は一ヶ月ほど前にこの神社の境内に捨てられていた。捨てられた理由は不明だが、学校からの帰宅途中たまたま神社に遊びに来た子供達に保護された。保護と言っても給食をわざと残して持ち帰り、仔犬に喰わすだけだ。子供達が家に連れ帰らない理由は全員そろって「親が……」と口籠るだけで全てが判ってしまう。
「ほれ」
 差し出されたパンに仔犬は思いっきりかぶりつく。今度は俺の番だ、俺の番だと次々と変わるパンの持ち主など気にせず、仔犬は遊び感覚でパンを食べ続けた。
 一通り食べると、仔犬はまだ微かにパンの味がする子どもの手の平を舐め始めた。
「おいしかったか?」
 その問いには「キャン」と応えず、ひたすら手の平を舐め続けた。舐められている子どもは「やめろよ」と言いつつも頬を弛めていた。
「ずるいぞ。ポチ、俺も」
 そう言われて出された手はパンを持っていた時間が少なかったのか、それとも単なる汗っかきか美味しそうな臭いはせず、子犬はソッポを向き、元の手の平を舐め始めた。
「ポチは俺のほうが好きだってさ」
 その一言から二人の喧嘩が始まり、手の平を没収されるが、雰囲気がにぎやかなので仔犬は遊んでもらえるのだと思い段ボール箱から飛び出した。
「そんなことより、ポチ、これ」
 そう言ってもう一人の子どもが仔犬の目の前に差し出したものは今までに見たことのないものだった。
「これな~んだ?」
 そう言われたからではなく、単なる好奇心で仔犬はそれに鼻を近づけた。鮮やかな赤色をした球状のそれはパンに入っていた袋と似たような臭いが、けれど、ずっとキツイ臭いがした。もしかしたら中にパンが有るかもしれない。そう思った仔犬はその球に噛み付いた。その行為を勘違いした子どもは仔犬の口から無理やりボールを取り上げて、遠くに投げた。
 当然の如く仔犬は球を追いかけ二、三回バウンドした球に再び噛み付いた。両前足で器用に球を挟み噛み千切ろうとする。
「おーい、ポチ!おいで!!」
 一向に戻ってこようとしない仔犬を手招きしながら呼ぶ。素直に振り向いた仔犬は何かもらえると思い、球を咥えながら戻ってきた。そして、子どもはまた仔犬からボールを取ると再び遠くに投げた。喧嘩していた二人も面白そうだと喧嘩を止めて近づいてきた。今度はすぐに戻ってきた仔犬を三人で出迎えた。
 その日、三人と一匹の楽しそうな声は日が沈むまで続いた。

 次の日の朝。今日は仔犬にとって大切な日だった。人間が食べ物を捨てる日。神社の長い階段を下りると宝の山が待っている。仔犬にとっての大切な栄養源だ。
 段差の低い階段をよちよちと下りた仔犬は道路に飛び出した。
 それがこの仔犬の最後だった。

 それは酷い有様だった。もう五年ほどこの仕事をやっているが今回のはきつかった。一緒に来ていた仏頂面の先輩も呻いたほどだ。今はだいたい昼過ぎの暑くなりかけた頃。先ほど小学生らしきガキどもが神社のクソ長い階段を元気よく登って行ったので午後二時ぐらいだろうか。そのおかげでそれを見た途端昼飯を吐かなくてすんだ。尤も喉まで来た昼飯を吐き出したほうがよほど楽だったろうが。
 トラックに轢かれた。
 そう電話があったのはほんの数時間前だ。いつもならこんな人通りの少ないところなど二、三ヶ月、それこそ骨と皮しか残っていない状態になるまで電話など来ないのだがこの状態を見れば早く片付けてもらいたいというのも判る。
 トラックに轢かれたといえば聞こえがいい。だが実際は潰されたのだ。口からは胃が出ている。恐らくこの時一度ブレーキをかけ、止まったのだろう。そのあとに頭を潰されたようで自分の顎で食道を噛み切っていた。勿論、頭蓋骨は割れ、脳髄はこぼれ、目玉は飛び出しているものの名残惜しむように頭だったモノと神経だけで繋がっていた。
 ゴム手袋越しに伝わってくる生暖かさと妙にねっとりとした感覚に再び吐き気を覚えながらそそくさと黒いビニール袋にマニュアル通り入れる。ビニール袋の口を縛り、手を払って嫌な感触を取ってから肩に掛けた。高校の時の鞄よりずっと軽い。
「ポチ――――!!」
 不意に聞こえた大声は神社の方からだった。
「ポチ―――――!!」
 さっきのガキどもだ。一人だけ透明なビニール袋をぶら下げ、三人それぞれ違う方向へ「ポチ―――!!」と叫びながらドコカに行ってしまった。
「おい、行くぞ」
 マニュアル以下に掃除を切り上げた先輩に肩を叩かれ、俺も車に向かった。
 気のせいか、少しだけ袋が重くなった気がした。

2 件のコメント:

  1. 前回の凄くおもしろかったから、今回も期待してます。

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  2. 森井聖大さん
    ありがとうございます。
    今回の作品がご期待に応えられれば幸いです。

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